親は子どもを所有物だと思っているのか?
今日は満月ですね。
私がアロマを担当しているマタニティークリニックでは、
昨日から出産ラッシュで今日も満床で助産師さんたちは
くるくると忙しくされていました。
やはり潮の満ち引きの影響もあるのでしょうね。
新生児のカートに収まっている生まれて来たばかりの我が子を、
じっと見入るパパやママたちの表情は、
なんとも言えない静かな穏やかさをたたえていて、
(お祭りが終わった次の朝、まだ高揚感の残る静けさ・・みたいな)
本当に美しいのでした。
セラピスト仲間からの「親は子どもを自分の所有物だと思っているのか?」
という問いに少し思いを馳せてみた時、
ふと真っ先に浮かんだのが
池川明医師の
「子どもは親を選んで生まれてくる、役に立ちたいと願って生まれてくる」
という言葉でした。
生まれてすぐに、
様々な課題を与えてくれる赤ちゃんもたくさんいることでしょう。
また成長とともに問題を投げかけて、
子どもたちは親に対し、親自身の課題に向き合うチャンスを与えてくれています。
しかしながら
お腹の中で一体感のあった我が子が要介護状態の間では特に、
親が自身の課題にまでは気持ちを及ぼすゆとりもなく
ひたすら自分が獲得してきた狭い価値観で子育てをしている・・
これは
語弊があるかもしれないけれど、
自分の子どもを所有物というか、
か弱きものを育ててあげている・・という、
奢った気持ちでいるという事実ではないだろうか・・。
だからこそ
未熟な魂の「親」によって、子は成長の過程で随分と傷ついているのではないだろうか・・。
もしかして
親のものよりも高いレベルの魂が
子という形で目の前にやってきてくれているのではないだろうか・・。
そんなことに
子どもを出産してから20年経ってようやく想いを馳せました。
私も2人の子どもを随分と傷つけたことでしょう。
過去のことは消せないけれど、子の魂をこれ以上傷つけることなく
今からの生きる過程で自分の魂を成長させていけるといいな、と。
そして子は、
傷ついた魂を自身が癒すということも
この世でしなくてはいけない仕事の一つなのでしょう。
大人になっても、玉ねぎの皮をむいていくように
少しずつ、時に大胆に。
かつて子どもだった大人も、もちろん引き続き。
忘れてしまっているかもしれないけれど。





















コメント